9/10/2015

日向と日陰の混在するピッチの撮影法、もしくはモデルさん募集の話。 #photo #diary

最近、ひどい目にあい続けていて(自業自得なので誰も恨みはしないけれど)。こりゃあいつまでブログ続けていけるんだろうと不安を感じたことが多々あった。


なので、試合を撮る時は「これが人生最後の試合かもしれない。」と思いながらシャッターを切るようにしている。以前はピッチにいる各選手の「当たり」画像が1カットずつあればいいかとか考えていた。けれど今は90分間、これはいいと感じた瞬間は全て撮るようにしている。結果、撮影枚数は700枚くらいだったのが2000枚前後にまで膨らんだ。



そんなにまでして「限りなくブラックに近い」グレーゾーンの写真を撮り続けるのは、およそ阿呆のすることだと、自分で自分を笑っている。それでも、サッカーといい女とうまいメシくらいしか撮りたくなるものが無いんで仕方がない。


時々は、いろんなスタジアムで、いろんな時間に撮った経験を記録しておくのも悪く無いかなと感じている。絞りのこと、ISOのこと、SSのこと、スタジアムの屋根が作る落とし穴のこと、ナイトゲームの難しさ、いろいろ。

今日は日向と日陰の怖さについて書きたい。


デジイチで「絞り優先モード」にして昼のゲームを撮っていると、選手が屋根の影に入った瞬間、画像がブレてしまうことがある。逆に日向に入った選手を撮ると白っぽい画像になることがある。ヤンマースタジアムや味の素スタジアム、ノエビアスタジアム神戸で、春か秋に行う夕刻の試合にはこのワナが潜んでいる。

これはカメラが日向か日陰かどちらかだけに特化した設定にしているために起こる。日向だとISO感度を下げても問題なくクリアな画像が得られる、むしろISOを上げるのはノイジーになるので危険だ。


ところが日陰に入ると光量が極端に落ちてしまう。そこを日向の設定で撮るとシャッタースピードが長くなり、選手がブレブレになるというカラクリだ。

逆に日陰に特化した設定にすると、日向は「明るすぎる」と判断され、いいカメラでないと白く淡い雰囲気になってしまう。


プロの方に話を聞くと、どちらかに特化した設定にして、逆側に選手が動いたら諦めるそうだけれど、アマチュアとしては全てを記録したいのが人情だ。

そういう時は「シャッタースピード優先」モードにして、シャッタースピードを1/1000や1/800、1/860くらいに設定、ISOはやや高め(800くらい)にしてしまい、後から明るさを補正するしかない。どっちつかずの甘さが残っても、この方法なら70点代の写真をコンスタントに出せる。


多分写真のことを詳しく知らない人には魔法の呪文か何かのような文章になっていると思う、すまない。けれど少しカメラをいじれる人ならなんとなく感じはつかめると思う。

幸い日曜日に試合があるキンチョウスタジアムはメインスタンドとバックスタンドの配置が普通のスタジアムと逆で、午後に屋根の影が落ちることはない。

けれど、これからはヤンマースタジアムでの試合が少なからずある。それも、大一番かと思うような大事なところで。そこでミスショットを量産しないように、ぜひ気づかっていただきたい。


うん、このくらい書いておけば「西くまさんすごーい。」という女子も出てくるだろう←

9/09/2015

写真に対するスタンスと、もう日本人どうでもいいやって話。 #photo #diary

天皇杯負けてると、書くことも少ないな。


私事を書こうとしたけれど、揉めることばかりだから、止めた(笑)。俺のところで誰かの「苛立ち」や「腹立たしさ」や、誰かにぶつけたいと感じている「怨嗟」みたいなものが止まったら、まあ、少しは小マシなキンチョウスタジアムになるのかもね。


ああ、あと写真についてだけど、俺はスタンス変えない、変えられない。いいことでないのは分かってるけれど、それが誰かの益になり楽しみになりしている間は変わんないかな。

厳しくするよという警告の理由が「試合日前日のバスに乗り込む選手の撮影と、その画像の拡散」らしいから、直接は当たらないし。

むしろ、日頃俺を憎んで睨みつけるあの人やこの人やクソくまモンの方が品性は無いと思いますよ。選手のケツだの言ってて品格も無いけどさ。


弟子は、その辺りキッチリ自分なりに考えて、文章をしたためていたね。あれは偉いと思う。俺は、日本人の相手するの疲れたから、書くのも面倒で、やめました。


はー、スッキリした。残りはキレイな画像でも見てちょうだいな。




9/05/2015

愛するものに。 #photo #disry

今年は、あまりいいことが少なかった。まだ3ヶ月残してはいるけれど、余程の幸運がなければ収支はマイナスだと思う。

自分勝手な立ち居振る舞いから、たくさんの縁を失い、傷つけ、傷つき、ずた袋のようになって転がっている。


それでも、毎日をそれなりに幸せに生きる方法はあるし、たまには楽しいと感じられる一日があるものだ。

新しい仕事を得て、その製作に取り掛かっている。俺は女ではないから人を産み出すことはできないし、建築家ではないから終世残るようなものも残せない。パソコンやスマホで数度クリックすれば霧散してしまうプログラムというやつに乗っかかることしかできない。

それでも、何か記録され、残されるものを作るということはとても楽しいし、幸せだと感じる。それがまた多くの人の喜びや幸せにつながるのであれば、なおさら楽しい。



写真も、デジタルデータだから、消そうと思えば跡形もなくキレイに消える。けれど、一度ネットの海に散っていったデータは、なにかしらの形で回遊する。巣立った子供達が自立し、生きていくように、データもまた生きていく。それもまた、心の安寧に繋がっている。


今日は舞洲に行く、龍がいないのが悲しいけれど、彼ならまた立ち上がってくれる、みんなの前に笑顔で戻ってくると信じる。


龍よりもずたぼろな人生を歩んでいる人間からの言葉だ。人間は、そんなにヤワじゃない。龍はこれまでもたくさんの不幸があったけれど、その度に強く、たくましくなって戻ってきたじゃないか。だから信じて待ってるよ。次にピッチに立った時はしこたま撮ってやるから、頼んだぞ!


あー…なんか脈絡もなくなってしまったな…

とりあえず、迷惑をかけた人にはごめんなさい。

縁が切れた人たちにも、俺よりもいい未来がまっていることを願っているよ。


そして、これからも付き合ってくれる人に。

必ず、スプーンひとさじ分でも幸せを届けていきたいから、待っていてほしい。


まとめると、およそこんなところ。酔って文書を書くものではないな。でも、今の心の中身もこんな感じでとりとめもないから、まあいいや。