しかし、実際に松山に行ってみて強い衝撃を受けた。愛はたしかに、愛媛県にあったのだ。
松山は観光都市だ。古くから道後温泉で栄え、お遍路さんが立ち寄りしてきた歴史がある。なので「来た人をもてなす文化」が強く根付いていて、みな屈託がない。
「そういうのを『接待』と言うんです。喜んでもらえたら嬉しいじゃないですか!!」
そういえば矢野ちゃんもサービス精神が満点だったなと思い出す。彼女は京都の美大に通っている子で、知り合い唯一の愛媛県人だ。
「四国って、ライバル意識とかあるの?この県には負けられないとか、そういう意識。」
「いやー、そういうのは無いですね。でも香川は許せんですよ。」
「それはどうして?」
「どんなに水不足になってもあいつらうどんゆで続けるんです!」
初対面で斜め上の答えをぶっ飛ばして以来、お気に入りの画学生だ。よしもと新喜劇に入ってもそこそこやれると思うぞ矢野ちゃん。うん。
『接待』は試合前のバーベキューでも続いた。
ホームでの愛媛戦では、一番たくさん友人を連れてきたグループにシャウエッセン1000本が送られるというイベントがあった。だが年間パスポートを持っている人間はカウントしないというルールの「盲点」、それを突いた愛媛のサポーターグループがシャウエッセンを獲得するという、わけのわからない事態になった。
普通は内輪で分けてしまうところだが、愛媛サポーターはそれをよしとせず「せっかくだからセレッソさんとの試合の時に一緒にバーベキューでもして食べませんか?」とイベントを催してくれた。ありがたいことだ。
当日はスタジアムからほど近いキャンプ場に数十人がつめかけていた。シャウエッセンが足りるのかと不安に思ったが、これは杞憂だった。愛媛サポーターはシャウエッセン以外に、ビール、酒、おにぎり、肉と、これでもかというほど食べ物を用意していた。シャウエッセン、いらないんじゃないというほど。
とりわけ、高知から持ってきたというカツオのタタキは絶品だった。あんなに大量の、ギラギラと脂ののったカツオを見るなんてこと、もう一生無いだろうな。あと女の子もかわいかった。
その場のみなが友だちになり、酒を飲みメシを食べて笑う。敵とか味方とか、そんな概念すら無くなって、穏やかな時間が過ごせた。長居でクサクサしていた自分にとっては、久しぶりの安らぎだった。
この県民性は、応援でも根付いていたように思う。
普通は、どこのチームには負けられないとか、俺達が一番だとか、相手を落として自らを高めるチャントが歌われる。セレッソはまだ少ない方かもしれないが、それでも「潰せ」コールはある。
愛媛はそういうのがあまりない。ただ、自らのチームが好きで、チームを愛していて、だから応援したい、勝たせたいという想いを歌い続けている。
選手入場の前、セレッソならアンセムを歌うタイミングで「この街で」が歌われる。
7,000余人が声を揃えて、愛している、大好きだという気持ちを伝えていく。ああ、これが愛媛なのだと感動してしまう。自然と涙が出て、嗚咽を止めるのに必死だった。
今まで一番苦手なアウェイは万博だった。居心地が悪い、スタジアムがボロい、変なシャツのハゲのオッサンがそこかしこにいる、それが苦手なアウェイの条件だった。でも、この日で順位が入れ替わった、ニンジニアスタジアムが一番怖い。
責めもせず、貶めもせず、ただ、愛媛が好きだという純粋な気持ちを歌い続けられる。その愛の深さに心奪われ、動揺する。泣きそうになって鼓舞することもできない。
試合は、負けた。愛媛というチームに、愛媛という国に、愛媛の人に負けた。テレビを見ていれば、細かく試合の分析をすることはできるかも知れない。でもあの場で「この街で」を聞かなければ、アウェイ感というか、圧倒される感覚を理解することは困難だろう。
この旅で、価値観がずいぶんと変わった。愛媛県の愛は、深い。
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