得点者
前半11分 山下 達也(C大阪)
前半14分 ドゥトラ(横浜FM)
1-1で試合終了。その時、レヴィーはやや満足気だったらしい。勝ち点差を考えれば勝たなくてはいけない試合、けれど、選手の状態を見れば、アウェーで勝ち点を放されなかったのは納得だったのかも知れない。
スタメンは苦しい状態。レヴィーセレッソの売りである両サイドバックがいない。酒本憲幸は出場停止、丸橋祐介は負傷で出られる状態ではない。代わって入ったのは椋原健太と新井場徹。2列目ではエジノがベンチに下がり、代わって杉本健勇がスタメン。柿谷曜一朗、山口螢、キム・ジンヒョンの代表組も戻ってきた。
2列目は面白くて、攻撃時にはシンプリシオが下がって3ボランチ気味になる。杉本と楠神は中にはいって柿谷のフォロー、同時に、両サイドバックが上がれるスペースを作っていた。
ただ、この試合はこの形に持っていくことが殆どできなかった。シュート本数20対8というスタッツが示す通り、ほぼ横浜FMのペースで試合が進んでいた。
こうなると、セレッソは柿谷以外が全員引く最近のスタイルになってしまう。攻撃は柿谷一人のスキルとアイデア頼みで、残りはゴール前でとにかくスペースを消すことだけに集中する、あのスタイルだ。
これは、とにかく柿谷の調子と、相手のミス頼みのスタイルで、あまり得点の匂いがしない。アウェイ大宮戦のように行くのはマレだ。少なくとも一人は、彼の援護に回って欲しい。この試合でも中澤佑二と栗原勇蔵という屈強なDF二人に阻まれて、90分間で1、2回程度しか仕事ができなかった。
さんな中、杉本はうまく絡めていたように見えた。彼がポジションを真ん中、柿谷の近くに動いた時にはいい流れができていたと思う。
杉本は、体躯に似合わず細かなプレー、繋ぐプレーがうまい。南野拓実ほどのスピードはないが、並以上のプレーをしっかりしてくれる。ただこの試合の場合だと、足が速くないシンプリシオをサイドに追いやる形になるので、躊躇するところではあった。
ベストは、2列目に螢が入る形だけれども、それだとボランチとしての持ち味が消えるので、難しい。実際、螢、扇原のコンビあってこその堅守だから。
先制点は、セットプレーからの相手クリアミスを、こちらも守備の要である山下達也がうまくボレーで決めたもの。本当に数少ないチャンスの一つで、冷静に決めてくれた。
守備でもゴール以外にもマルキーニョスや中村俊輔といった攻撃の核になる選手を尽く潰してくれた山下は、セレッソでは文句のないMOM。
不運なのは、ゴールでリードを奪った後、試合を落ち着かせることが出来ないまま、ドゥトラにファインゴールを奪われたことだ。ただ、あの距離であのスピード、あのコースに撃たれたらどうしようもない。マリノスの得点機は数多く合ったけれども、他にあったもっと可能性のあったものは全て凌いでいるし、本当に不運だったとしか言えない。
前半は、マリノスのポゼッションに防戦一方だった。柿谷にも2枚ついていて、ほぼノーチャンス。柿谷がサイドに流れる時はフリーにさせて、とにかく中央を割らせないように執心していた。
後半も流れ変わらずで、レヴィーは早めに2枚替えに出た。 黒木聖仁、エジノが入り、シンプリシオと楠神が下がる。
これは、どうして枝村匠馬ではなく黒木だったのか、不思議に感じていた。確かに状態はいいけれど、得点をとるのなら枝村ではなかったかと。
で、試合を見ていると、この頃から中村俊輔が黒木、椋原のサイドに流れる時が多くなっていた。それを黒木が抑えにかかっているシーンが多々あった。もし枝村のように、攻撃時には相手のディフェンスラインまで上がっていくタイプの2列目であれば、あの流れでは置き去りになって、もっと中村俊輔がフリーになっていたはずだ。少なくともこの時から、守備の意識、失点しないという目論見はあったように思う。
後半32分にはここまでいいオーバーラップを何度も見せていた椋原がパンク、小暮大器と交代する。これで、セレッソが打てる手は無くなった。
セレッソはエジノがキーを握っていた。彼がうまく運べた時はチャンスになるし、奪われればカウンターの餌食になる。やはり柿谷の後ろはキーマンが入るべきポジションなんだと再確認した。
さて、この引き分けで優勝するためには勝利を重ねるほか無くなった。現実的なACL出場権もなかなかに難しい状態だ。次の試合、柏戦は是々非々でも勝ちたい、結果を残していきたい。
9/15/2013
9/13/2013
改革もええよ、2ステージだろうが1ステージだろうが、生きてたら。 #j_league #cerezo
2015年シーズンからJリーグが2ステージ制に移行するなんて話で、いろんな人から反対意見がでている。特にコアな人ほど否定的な考えの方が多いかなという印象。
世界の、特にサッカー界の中心になっている欧州トップリーグは、およそ1シリーズ制で、各チームホームアンドアウェーで2回当たる、そして秋春制。今度の改革でJリーグは2シリーズ制、各シリーズでは相手とはホームかアウェー、どちらか一回しか当たらず、春秋制となり、真逆のレギュレーションになる。
それは欧州トップリーグに追いつけ追い越せと願う人から見れば、いびつに感じるだろう。それに国内リーグで戦っている選手の海外移籍にも少なからず影響も出るだろうし。反発も当然かなと。
しかし、この改革でJリーグには増収益が見込めるのだという。地上波での露出も増え、各チームにも恩恵が出る見込みだ。ならばやってみればいいと、個人的には考えている。
現状は観客数が年々減少傾向にあり、入場料収入も頭打ち、ジリ貧になるのが目に見えているから(もうすでにそうなっているのかもしれないが)改革をするのだという考え方自体は、それほどおかしなことではないからだ。
ただし、この改革をやったら全てが上手くいくなんて、そんな都合のいいことはそう起こらないだろう。なら、プラン、ドゥ、シー(だったっけ?)をキッチリさせて、改革によって何が良くなり、何が悪くなり、より良くするためにはどうすればいいか、というサイクルをひたすら動かし続けていく必要がある。それに、近視眼的な見方だけではなく、将来に繋がる動きになっているのかも、当然見定め無くてはならない。リーグが無くなるようなことは、絶対にしてはいけない。
例えば、入場料収入が減少している、というデータだけでは未来が暗いか明るいかはわからない。 高齢の、たくさんお金を使うサポーターが抜けて、若い、あまり購買力が高くないサポーターが増えても、同じ現象が起きる。実際多くのクラブの年間チケットは、子供料金が大人料金の半分以下に設定されているので、可能性としては大いにありえる話だ。
しかし将来を見据えれば、後者のほうがいい状態だと考えられるから、今の時期はガマンしようか、という話も出てくる。また、少子化の影響があるから可能性としては低い話ではあるが、高齢のサポーターであっても、その家族や子供世代、孫世代を育てる可能性もある。目先のデータだけで、今の財政だけで、危機なのかどうかを判読するのはとても難しい。
俺は、今のサッカー界を引っ張っていく立場の人達が、それほど暗愚では無いと信じたい。こういう様々な可能性を考えながら進んでいると信じたい。そうして、どんな形であれ、自分の愛するチーム、愛するリーグが栄えてほしいと願っている。
もちろん、不安も多くある。
例えば、この改革で、選手はJリーグに特化した使われ方に適応し、成長することを求められる。中だるみなく、白熱した試合が増えるのはいいことだけれども、選手のテンションはずっとギリギリの状態で張られたまま、ということでもある。そうして疲弊し、日本の中でだけ活躍できるようになった選手は、今よりも海外移籍が難しくなるかもしれない。
日本のサッカーの根幹は、Jリーグと代表、2つ柱で成り立っている。海外組が増えて選手がレベルアップすることで、代表が強化され、そのブランド力を強めてきた。代表から入って、Jリーグ所属の選手をお気に入りにし、その選手観たさにスタジアムに来る人もいるだろう。この改革はその流れを鈍化させる可能性を秘めている。観客増を狙っているのに皮肉な話だ。
また2シリーズ制になることで、初心者、ビギナー層が戸惑うことはないだろうかとも思う。
今でもリーグ戦、ナビスコカップ(リーグカップ)、天皇杯(オープントーナメント)と3つの大会がある。特にナビスコカップとリーグ戦は期間が重複するのでややこしい。ナビスコではメンバーを落としてくるチームもあることから、せっかくスタジアムに行ってもご贔屓の選手がいないという事態が今でも起きている。
それが2シーズンになることで、余計にややこしくなるのだ。前期優勝、2位のチームが後期で怪我人を出すなどすれば、年間王者を決めるスーパーシリーズに向けて選手を温存することも考えられるし、普通の人からすればどの試合をいつ買えばいいかまるでわかりにくくなるのだ。
それから、やっぱりコアな層のサポーターを蔑ろにする影響も考えなくてはね。
彼ら(恐らく、俺も含めて)が今まで果たしてきた役割は、決して小さなものではない。いい意味でも、悪い意味でも。
彼らがいたから出来たことはたくさんある。コレオグラフィー、熱い応援、サッカーを文化にまで高めたのは間違いなくコアなサポーターの働きがあったればだ。しかし、過激な行動によってスタジアムの敷居を高くしてきたのも、彼らの中の一部。その功罪の加減が微妙だ。何か問題が起きても玉虫色の処分しか出来ないのはそのためだし。
この改革で一部のコアは離れていくだろう、それがどの程度かはわからないけれども、確実に減る。それがトータルで見た観客数、収入の増減にどう繋がっていくのかは注視したい。
コア層はリピーター層である。試合があれば地の果てでも行くという層だ。一人、34試合を見届けていたコアが抜ければ、チケット代だけなら1試合だけしか観ないライト層34人を取り込まないと採算が合わない。実際は、グッズなんかがあるからもう少しマシだろうけれど。
そうしたいろんな可能性をはらんだまま、2015年が始まるのだ。これはとても怖い。
俺たち(あえて、これを読んでくれているような方々をこう呼びたい)は、この改革を外様としてではなく、仲間として見ていかなければならない。そうしてスタジアムの内外で起こる様々な変化に注視し、自らのクラブ、自らのリーグがよりよいものになるべき提言をしていかなくてはいけない。それを上にフィードバックする術も用意しなくては。
そうして、リーグがよりよくなるのなら、どんな改革も受け入れられる。いや、受け入れなければいけないんだ。
世界の、特にサッカー界の中心になっている欧州トップリーグは、およそ1シリーズ制で、各チームホームアンドアウェーで2回当たる、そして秋春制。今度の改革でJリーグは2シリーズ制、各シリーズでは相手とはホームかアウェー、どちらか一回しか当たらず、春秋制となり、真逆のレギュレーションになる。
それは欧州トップリーグに追いつけ追い越せと願う人から見れば、いびつに感じるだろう。それに国内リーグで戦っている選手の海外移籍にも少なからず影響も出るだろうし。反発も当然かなと。
しかし、この改革でJリーグには増収益が見込めるのだという。地上波での露出も増え、各チームにも恩恵が出る見込みだ。ならばやってみればいいと、個人的には考えている。
現状は観客数が年々減少傾向にあり、入場料収入も頭打ち、ジリ貧になるのが目に見えているから(もうすでにそうなっているのかもしれないが)改革をするのだという考え方自体は、それほどおかしなことではないからだ。
ただし、この改革をやったら全てが上手くいくなんて、そんな都合のいいことはそう起こらないだろう。なら、プラン、ドゥ、シー(だったっけ?)をキッチリさせて、改革によって何が良くなり、何が悪くなり、より良くするためにはどうすればいいか、というサイクルをひたすら動かし続けていく必要がある。それに、近視眼的な見方だけではなく、将来に繋がる動きになっているのかも、当然見定め無くてはならない。リーグが無くなるようなことは、絶対にしてはいけない。
例えば、入場料収入が減少している、というデータだけでは未来が暗いか明るいかはわからない。 高齢の、たくさんお金を使うサポーターが抜けて、若い、あまり購買力が高くないサポーターが増えても、同じ現象が起きる。実際多くのクラブの年間チケットは、子供料金が大人料金の半分以下に設定されているので、可能性としては大いにありえる話だ。
しかし将来を見据えれば、後者のほうがいい状態だと考えられるから、今の時期はガマンしようか、という話も出てくる。また、少子化の影響があるから可能性としては低い話ではあるが、高齢のサポーターであっても、その家族や子供世代、孫世代を育てる可能性もある。目先のデータだけで、今の財政だけで、危機なのかどうかを判読するのはとても難しい。
俺は、今のサッカー界を引っ張っていく立場の人達が、それほど暗愚では無いと信じたい。こういう様々な可能性を考えながら進んでいると信じたい。そうして、どんな形であれ、自分の愛するチーム、愛するリーグが栄えてほしいと願っている。
もちろん、不安も多くある。
例えば、この改革で、選手はJリーグに特化した使われ方に適応し、成長することを求められる。中だるみなく、白熱した試合が増えるのはいいことだけれども、選手のテンションはずっとギリギリの状態で張られたまま、ということでもある。そうして疲弊し、日本の中でだけ活躍できるようになった選手は、今よりも海外移籍が難しくなるかもしれない。
日本のサッカーの根幹は、Jリーグと代表、2つ柱で成り立っている。海外組が増えて選手がレベルアップすることで、代表が強化され、そのブランド力を強めてきた。代表から入って、Jリーグ所属の選手をお気に入りにし、その選手観たさにスタジアムに来る人もいるだろう。この改革はその流れを鈍化させる可能性を秘めている。観客増を狙っているのに皮肉な話だ。
また2シリーズ制になることで、初心者、ビギナー層が戸惑うことはないだろうかとも思う。
今でもリーグ戦、ナビスコカップ(リーグカップ)、天皇杯(オープントーナメント)と3つの大会がある。特にナビスコカップとリーグ戦は期間が重複するのでややこしい。ナビスコではメンバーを落としてくるチームもあることから、せっかくスタジアムに行ってもご贔屓の選手がいないという事態が今でも起きている。
それが2シーズンになることで、余計にややこしくなるのだ。前期優勝、2位のチームが後期で怪我人を出すなどすれば、年間王者を決めるスーパーシリーズに向けて選手を温存することも考えられるし、普通の人からすればどの試合をいつ買えばいいかまるでわかりにくくなるのだ。
それから、やっぱりコアな層のサポーターを蔑ろにする影響も考えなくてはね。
彼ら(恐らく、俺も含めて)が今まで果たしてきた役割は、決して小さなものではない。いい意味でも、悪い意味でも。
彼らがいたから出来たことはたくさんある。コレオグラフィー、熱い応援、サッカーを文化にまで高めたのは間違いなくコアなサポーターの働きがあったればだ。しかし、過激な行動によってスタジアムの敷居を高くしてきたのも、彼らの中の一部。その功罪の加減が微妙だ。何か問題が起きても玉虫色の処分しか出来ないのはそのためだし。
この改革で一部のコアは離れていくだろう、それがどの程度かはわからないけれども、確実に減る。それがトータルで見た観客数、収入の増減にどう繋がっていくのかは注視したい。
コア層はリピーター層である。試合があれば地の果てでも行くという層だ。一人、34試合を見届けていたコアが抜ければ、チケット代だけなら1試合だけしか観ないライト層34人を取り込まないと採算が合わない。実際は、グッズなんかがあるからもう少しマシだろうけれど。
そうしたいろんな可能性をはらんだまま、2015年が始まるのだ。これはとても怖い。
俺たち(あえて、これを読んでくれているような方々をこう呼びたい)は、この改革を外様としてではなく、仲間として見ていかなければならない。そうしてスタジアムの内外で起こる様々な変化に注視し、自らのクラブ、自らのリーグがよりよいものになるべき提言をしていかなくてはいけない。それを上にフィードバックする術も用意しなくては。
そうして、リーグがよりよくなるのなら、どんな改革も受け入れられる。いや、受け入れなければいけないんだ。
https://cerezonishinaka.blogspot.com/2013/09/21-jleague-cerezo.html改革もええよ、2ステージだろうが1ステージだろうが、生きてたら。 #j_league #cerezo
9/12/2013
アドルフに次ぐ。 #diary #photo
一昨日は友人と少し飲んだ。そうして、代表の戦いを見ながら、温かな食事と取り留めもないことを話しした。
この友人と話すと、いろんな言葉が心の奥底から出てきて自分でも楽しかった。心の奥底にある井戸をずっと蓋していた大岩がどかされて、中から本心がどっと湧き出たような感じだった。
そうして、自分が一番気にしていることを話しした。対人関係とか、そういうことだ。
俺は沢山の人と繋がり合うことは、どうやら得意であるようだ。いろんなメディアを利用して何かを伝える。10年間以上続けてきたことだからね。
ただ、目の前の誰か、身近な人とか、そうした人達に本心を静かに伝えられない。
この文章を書いているのは、厳密には、俺の中の「西中島南方」という人格で、俺の全てではない。俺の中のサッカーに対する思いとか、セレッソに対する気持ち、関わっているすべての人への考えが蒸留されて、溜まったものだ。
だからブログを見た人は、実際に見た俺の全てに驚くことがある。
それで、俺はアドルフ・ヒトラーという、あの独裁者のことを思う。
あの人物は、ラジオや飛行機という当時最先端のツールを使って多くの人に言葉を投げかけ、心を掴んだ。けれど、一人の女性を愛することは、なかなかにできなかった。「女性票がとれなくなるから。」と吹聴していたらしいが、あれは、多分嘘だ。
最初に愛した姪を自殺で失い、さんざっぱら失敗を繰り返し、結婚出来たのはベルリン陥落、ドイツ降伏の三日前だった。
男性でも、好き嫌いがはっきりし過ぎて、そのくせ自分の感情は投げつけ続ける彼に辟易した人は多いようだ。
まあ、俺はミュンヘンで一揆は起こさないし、本も書かないし、政党も作らないし、ヨーロッパがほしいとか思わないけど、こういう意識のズレにさぞ苦しんだんだろうなと、同情したりもする。
もう少し、あなたや君や、彼や彼女に優しく出来ていたらなと、出来もしないことをグルグルと考えて回っている。何にも生まれはしないのにね。
でも、そういうことを話ししても、笑ってくれたのはよかった。それで、食事がおいしくなって、幸せだなと感じた。
以前こういう気持ちになったのって、いつぐらい前だろう?本当に良かった。
この友人と話すと、いろんな言葉が心の奥底から出てきて自分でも楽しかった。心の奥底にある井戸をずっと蓋していた大岩がどかされて、中から本心がどっと湧き出たような感じだった。
そうして、自分が一番気にしていることを話しした。対人関係とか、そういうことだ。
俺は沢山の人と繋がり合うことは、どうやら得意であるようだ。いろんなメディアを利用して何かを伝える。10年間以上続けてきたことだからね。
ただ、目の前の誰か、身近な人とか、そうした人達に本心を静かに伝えられない。
この文章を書いているのは、厳密には、俺の中の「西中島南方」という人格で、俺の全てではない。俺の中のサッカーに対する思いとか、セレッソに対する気持ち、関わっているすべての人への考えが蒸留されて、溜まったものだ。
だからブログを見た人は、実際に見た俺の全てに驚くことがある。
それで、俺はアドルフ・ヒトラーという、あの独裁者のことを思う。
あの人物は、ラジオや飛行機という当時最先端のツールを使って多くの人に言葉を投げかけ、心を掴んだ。けれど、一人の女性を愛することは、なかなかにできなかった。「女性票がとれなくなるから。」と吹聴していたらしいが、あれは、多分嘘だ。
最初に愛した姪を自殺で失い、さんざっぱら失敗を繰り返し、結婚出来たのはベルリン陥落、ドイツ降伏の三日前だった。
男性でも、好き嫌いがはっきりし過ぎて、そのくせ自分の感情は投げつけ続ける彼に辟易した人は多いようだ。
まあ、俺はミュンヘンで一揆は起こさないし、本も書かないし、政党も作らないし、ヨーロッパがほしいとか思わないけど、こういう意識のズレにさぞ苦しんだんだろうなと、同情したりもする。
もう少し、あなたや君や、彼や彼女に優しく出来ていたらなと、出来もしないことをグルグルと考えて回っている。何にも生まれはしないのにね。
でも、そういうことを話ししても、笑ってくれたのはよかった。それで、食事がおいしくなって、幸せだなと感じた。
以前こういう気持ちになったのって、いつぐらい前だろう?本当に良かった。
https://cerezonishinaka.blogspot.com/2013/09/diary-photo_12.htmlアドルフに次ぐ。 #diary #photo
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