10/20/2014

俺は、それでもセレッソが好きだよ。あなただってそうでしょう? #cerezo #photo #diary

セレッソは、もしこのまま負け続ければ、最短で11/2にも降格が決まるという。弱いから、こういう現実が待ってるんだ、だからダメなんだ。


無様な試合を観る度に思う。どんなスター選手をとってきても、どんなにルックスのいい選手をスターシステムに乗せても、勝たなければ意味が無い。人気が出たって、あんな試合では一見さんの満足なんて得られない。むしろ今この弱い時期に一見さんが来て、二度と来ないでおこうなんて思われる方が余程怖い。


そうして、もし降格して、ホームタウンに住んでいる人達が来なくなって、また2002年や2007年、2008年あたりのような、寒々しい長居に立ち戻ってしまったら、今度は失地回復するまでにどれだけの苦労と時間が必要になるだろう。残りの6試合は、今後の5年10年を運命づける大事な6試合ということになる。



しかし、これだけ惨憺たる有様でも、それでも俺はセレッソが好きなんだな。理由とかよくわからんよ、酷いチームだし、酷いフロントだし、タイトルまであと少しって時に限ってバカになるし、いいところなんざ数えるほどしか無い。美人のサポーターと鶴心さんの唐揚げくらいじゃないか?それでも、毎試合、長居に来る度にワクワクしてしまうんだ。女の子と唐揚げにではなくて、ピッチの内外で起こる全てのことに。


幸いにも、俺と同じくらいか、それ以上に酔狂な人達は少なからずいる。この人達と、後の6試合何ができるのか、よくよく考えてアクションしようと思う。俺にできることは、苦しい時間を、苦難の歴史を、キチンとカメラにおさめるくらいだけれど。


ブログを見ているセレッソが好きって人、一試合でも生で観戦するって人、どうか、選手が全力を出せるように、出したいと思わせるように、声を上げ、手を叩き、声援を送ってほしい。


どうすればいいか分からない人は、ピッチの彼らが大事な人なのだと思ってもらえればいい。恋人とか、息子とか、孫だとか、兄でも父でも仲間でもいい。そんな大事な存在が苦しんでいる、どうすればいいか迷っていると思ってくれればいい。


人が一番力を出せない時は、どうすればいいか分からない時だ。どこに蹴ればパスが通る、どこを抑えれば守りきれる、どうすれば勝てる、上を向ける、それを拍手や声援で指し示せばいい。今のパスは良かった、この守備はなかなかだった、それを示してみせるんだ。それくらいのことで、人は変われる。人が変われば、チームだって変われるんだ。


どうあがいたって、あと540分、生きるか死ぬか、あと540分、それくらいならずっと全力で行けるはずだよ。俺は仕事で毎日720分間肩がバキバキになるまで働いてるけど、意外と持つもんだよ。週末はバッタリぶっ倒れるけど、なんとかなる。だから、全身全霊全力で行こう。

10/19/2014

2014 J1 第28節 鳥栖 1vs0 C大阪 戦略的敗戦。 #cerezo #photo #diary

2014年10月18日(土) 19:05キックオフ[ 観客 15,083人 ]

得点者

後半45分+2 豊田 陽平(鳥栖)


土曜日ラストの試合だったので、他のチームの試合も観た上でこの試合を観た。それで、2つ厳しい現実を見ることになった。

ひとつは、残留争いをしている他のチームが地道に勝ち点を得ているにも関わらず、引き分けの勝ち点1すら得られず差をつけられてしまったということ。もうひとつは、セレッソが昨日見た他のどのチームよりも酷いサッカーをしていたということだ。


スタメンは苦労のあとがうかがえるものになった。ディエゴ・フォルランは体のハリを訴え帯同せず、南野拓実は世代別代表に招集されていたためベンチにもいない。山口蛍、吉野峻光もケガで不在、楠神順平は前節の退場を受けて出場停止、ベンチにはルーキー岡田武瑠や秋山大地が入っている非常事態だ。


セレッソのサッカーは個の力を最大限に伸ばすことをベースにしている。だからいい選手のポテンシャルが活かされる反面、そんな個がいない時のサッカーは形にすらならない。まさに昨日の試合がそれだった。


トップの杉本健勇、永井龍はともに良さはあるけれど、得点力という点では及第点にも達していない。にも関わらず柏戦や浦和戦のような試合ができていたのは、そこに至る中盤の構成に「まだ」強みがあったからだ。


この試合では南野、楠神のドリブル、吉野のパスワーク、前線に質の高いボールを供給する飛び道具が一つとしてなかった。前半は長谷川アーリアジャスールが試合の組み立てをして、二度ほど好機を演出したが、それから後は惜しいシーンすら演出できなかった。頼みの扇原貴宏の長いボールも、酒本憲幸、丸橋祐介のサイドからの組み立ても無かった。扇原はハイプレスの餌食になり、両サイドは中盤や前線がボールを保持できないため上がるタイミングを失っていた。


守備ではある程度の形はできていたものの、組織として未整備の部分が多々あって、鳥栖の拙攻に助けられていたところもあった。つまり、攻守どちらも不味い状態だった。パスが三本繋がらない、奪って最初のパスを相手にプレゼントする。それでどう攻めよう、守りきろう。


今一度書こう。セレッソは育成型クラブを自称していて、事実としてユースから代表に招集されるような選手を送り込んでいる。そんな彼らにある程度の自由を与え、力を最大限に活かすことで、はた目から見てセレッソらしいと感じるようなワクワクするサッカーを展開してきた。

つまり、セレッソらしいサッカーをするためには、自由を与えてもいいような個をいかに数多くピッチに送り込めるかが鍵になる。そんな個が一人としていない時には、昨日のような無様な状態になる。選手を供給せず、試合でなんとかしてくれというのはセレッソに限ってはあり得ないことなのだ。ピッチの上、戦術的な面での失態もあるけれど、それ以上に、戦略的なポイント、試合の笛が吹かれるまでのミスが大きかった。


チームの決め事を作り、組織だって攻める、守るというやり方もある。およそのチームは、あらかたの監督はそれがベースになる。セレッソはその真逆を行っているから、普通の監督だとその色がでるまで途方も無い時間がかかるか、へたをすると何も出来ないままになる。

後半33分

今年の迷走は、この試合は、これらセレッソの育成、チームのありようの悪い面が出続けた結果だ。それは、鳥栖はらしいロングボールを多用して、セレッソのコンパクトなラインを間延びさせようとしてきた、そこに適応できなかったという戦術のミスも確かにあった。でも、これ以上選手も監督も責められない。責めて、伸びて、劇的に変わる組織でも個でもない。

ここを脱するにはキーパーソンに戻ってもらうのが一番手っ取り早い。本来は組織を作るとかロジカルな部分を練磨するべきだが、時間も試合も無い現状では、それ以外に切るカードが無いのだ。残念だが、それが現実だ。


それにしても、ファビオ・シンプリシオ、村田和哉、播戸竜二、セレッソが戦力と認めず放逐した選手達にはことごとく痛い目にあう。それも、フロントの失態にカウントするのは酷な話だろうか。

とにかく徳島戦、どんな不格好でも勝つことだ、それ以外になにがあろう。また試合を観られないけれど、とにかく応援してみせるさ。

10/16/2014

負けたらしいな。 #cerezo #diary #photo

仕事でバタバタしてて、気がついたら負けてた。こういう「死に目に会えない」ような終わり方は切ないな。


まあ、これでいろんなことが決まった。もう残り試合はリーグ戦7試合だけ、ホームは3試合、アウェイで4試合。最後は「残留のプロ」大宮を相手に、NACK5スタジアムまで乗り込んで試合だ、どう考えたって逆風だな。


でも、この状況を、チームと共に歩いて行くのがサポーターだと思うんだよ。苦しい時ほど、辛い時ほど、人は人の優しさとか、厳しさとか、そういうものを感じて、エネルギーにして前に進めるものだから。今の俺がまさにその状況だから、よく分かるよ。



ただし、それを今チームを愛してくれているすべての人に強いようとも思わない。辛い時苦しい時と同じほど、楽しい時嬉しい時もあるのが普通だからね。もうダメだって人は、もう少しだけ待っててくれ、みんなで何とかするから。


さて、覚悟を決めた皆々様、地獄の底まで参りましょうか、我らが心の支えを、この苦境から助けるために。鳥だのたぬきだのかもめだの、犬だのワシだの鹿だのリスだの、さしたるものではないはずさ、その気になりさえすればね。


12月6日、大宮に沈む夕焼けを、俺はどんな気持ちで見ているんだろうね。旨い酒が飲みたいと思っているか、ヤケ酒でも飲むかと思ってるか……。覚悟は決めてみたものの、そこがわからないんだよな。それが楽しくもあり苦しくもある。

おい、桜の戦士たち、どうかどうか旨い酒を飲ませてくれ、精一杯応援するからさ。