5/07/2015

明治安田生命J2リーグ第12節 C大阪 1vs2 磐田 ウルグアイの英雄よ、ドイツの至宝よ。 #cerezo #photo #diary


試合前の雰囲気は最高だった。様々なサポーターグループが一丸になって、ビッグフラッグ、コレオグラフィー、チームの意気が揚がる様々なアクションを行った。バス待ちに大旗、パイフラ、ゲーフラを持ちだして、力の限り声援を送った。


ウルグアイの英雄よ、あなたにはこの声が聞こえていなかったのか?ドイツの至宝よ、あなたにはこの思いが届いていなかったのか?


試合後半は、見ているのが辛かった。チームはただボールを待つだけの前線3人と、磐田の組織だった攻撃を必死に食い止める8人に分断してしまって、後ろの選手は行き着く暇もなくピッチを走り回らされていた。


もし3トップの一角がパブロではなく、関口訓充や楠神順平であったなら、少なくとも、もっと早くに投入されていたなら、3センターにプラス1枚が加わった4-4-2に近いシステムになり、悪い出目であったとしても勝ち点を分け合う展開に持ち込めたはずだ。


もっと言えば、逆転をゆるした時、どうして3枚目のカードとして玉田圭司を出さなかったのか。あれでは「全力を出した、打てる手は全て打った」と言っても納得ができない。


パウロ・アウトゥオリに関しての不満はまだある。讃岐戦、京都戦で楠神を積極起用し、前と後ろが分断される4-1-2-3に光明が見え始めていたのに、どうしてそれを自らやめてしまったのか。今日の試合に限っても、味方が必死に奪ったボールを、ラフなトラップやドリブルで奪われていく前線を維持し続けようとしたのはなぜなのか。


そんな、心のなかにふつふつと沸き立つ「なぜ?」を押し殺して、ゴール裏は飛んでいた。バックもメインも力の限り応援していた。だからこそ、応えてくれなかったチームに怒りを持つのだ。だから罵声が飛ぶのだ。それがなぜ分からない?どうして怒りをぶつけ返せるんだ?


ディエゴ・フォルラン、カカウ、パブロ。あなたたちにボールを供給しづけた山口蛍や長谷川アーリアジャスールは怒りの声をただ耐えて聞いていた。小さい体で懸命に右サイドを守り続けた椋原健太は怒る気力さえ残ってはいなかった。なのに、なぜあなたたちに怒りを表す理由があるのだろう?



プロならば、国を背負った一流の選手なら、何が必要か、何が求められているのか分かっているはずだ。力の全てを使いきってでも、その使命を守る必要があるはずだ。チームメイトの奮闘を見て、サポーターたちが声を枯らして応援し続けているのを聞いても、それができないと言うのか?


俺は人の怒りや悲しみを理解できない欠陥人間であるけれども、今日の怒りがどこから生まれたのかハッキリと分かる。だから、だからこそ俺たちの声にプレーで、ハートで応えてほしいんだ。

もう、ここまで来れば一蓮托生だ。本城にも行くよ、地獄の底だろうとどこだろうとついていくよ。だから変わってくれ、今のセレッソはもう見たくない。早くもとの、クラブも、チームも、サポーターも喜び合える、あのセレッソに戻ってくれ。今ならギリギリ間に合うかもしれない、今でなければ間に合わないかもしれない、それくらいの瀬戸際なんだよ。


5/04/2015

器量の小さいナニワの男、器量の大きいハカタの女。 #cerezo #avispa #photo #diary

ゴールデンウィークといってもすることに変わりはなくて、ひたすらサッカー漬けの毎日。福岡、小倉、熊本、今月はアウェイがどれも九州なのだけれど、その中で一番賑やかそうな福岡を選んだ。


レベルファイブスタジアムは福岡空港から歩いても30分、タクシーに乗れば5分とかからない(直行タクシーでなくても3人で乗り合えば十分もとが取れる)

メインもバックも屋根付きで、設備も充実している。導線もシンプルであちこち移動しやすい。ノエスタのほうが豪華だけれども、こちらの方がスタジアムとしての総合力は上かもしれない。あちこちに妖怪ウォッチのキャラクターがあるから、子供にも楽しいスタジアムだ。

なにより、スタジアムグルメが秀逸だった。ふくやの明太子を使ったコロッケ、ケバブ、シュラスコにステーキ、どれもお手頃価格でおいしい。



それに、博多っ子の明るさが気持ちを穏やかにさせてくれた。酒を飲んでは笑い、スタグルを食べては上機嫌、なんだかいつも小難しくしている自分がバカみたいに見えてくる。人はもっと笑ってもいいんだな。

人の笑顔は最高の化粧品だ。男は美男子、女は美人、それも器量よしばかり。メインスタンド下の黒糖焼酎の試飲コーナーにもこんな美人がいたよ。


試合は……ちょっと忘れよう、あまりにあんまりだった。試合後にはフォロワーさんと合流してしばし談笑。まだ若いのに、十分博多美人だ。


この子はずっとアビスパを応援しているという。小さい体でサポーターが陣取るバックのホーム寄りで飛び跳ねるのだとか。Jリーグは高齢化しているそうだけれど、多分、まだまだ大丈夫さ。

彼女を見ていると、博多は女性が素晴らしいという言葉を信じたくもなる。俺の田舎の長崎に行っても感じるけれど、器量が大きくて、小さなことくらい笑い飛ばしてしまう。それくらいでいいんだ、きっと。バックスタンドでたまたま会ったからって悪態ついてくるどこぞのおばさんに見せてやりたいよ。


さて、やけ食いに博多駅に戻り、水炊きの華美鳥さんに。大阪にもお店があるけれど、やっぱり福岡で食べるのに意味がある。

おきゅうとに明太、お通しからおいしい、ハイボールがすすむ。水炊きのスープも濃厚。骨付きもも肉、つくね、正肉にレバー、砂ずり、どれもいい。スープに出た旨味もキャベツがしっかり受け止めてる。

福岡のシメはちゃんぽん麺。食べる俺の田舎も長崎、運んできた店員さん(これまた堀の深いダンディだった)の田舎も長崎で、話もはずむ。楽しい。


12000人という観客数は福岡にしては多いのだそうだ。しかし地下鉄で二駅も揺られると、そんな空気は霧散してどんたく一色。どんたくにはかなわなくても、ホームの試合ではもっともっと街が盛り上がってほしいね。


さて、よその心配よりこっちの心配だ。明日は舞洲に行ってくる。写真はNGだから乗せられないけれど、空気感が伝われば嬉しい。

5/03/2015

明治安田生命J2リーグ第11節 福岡 1vs0 C大阪 ほろ苦い雨にうたれて。 #cerezo #photo #diary

博多駅の前に喫茶店がある。夜行バスが出るまでにそこで原稿を仕上げてしまおう。


この試合、現地で見ていて不可解な事がたくさんあった。快勝した試合からメンバーを変えてきた事(出場停止の扇原貴宏は除く)それも、効いていた中盤、バランスがよかったトップの骨子を崩した。

それから、終盤負けているにも関わらず、交代枠を使い切らなかった。これは、パウロ・アウトゥオリがよくする事ではあるのだけど。

とにかく、負けた事より、悔いを残す試合だった事の方がダメージが大きい。前を向ける要素の少ない試合は、苦い。


セレッソの攻撃は、裏への飛び出し、対角線、逆サイドへのロングフィードが生命線。そこで相手を崩して、最後は中に飛び込んだ選手が仕留める。それがパターンだ。

この試合もディエゴ・フォルラン、楠神順平がよく開いて福岡のラインに穴を開け、中のパブロに合わせる事をベースに戦った。


しかし、このシステムにはいくつかの弱点がある。人数をかけて守られると高さがない分ゴールチャンスが減るし、先制されて引かれると飛び出すスペースが無くなってシビアなパス精度を要求されてしまう。そうして、焦りが焦りを呼んでチームが瓦解する。負けるときは大抵そのパターンだ。


だから、この日早々に失ったゴールは実に痛いものだった。失点自体はうまく合わされてノーチャンスに近かったけれども、その後も気持ちが落ち着かず、相手に決定機をいくつか作られてしまった。


かたや攻撃に関しても楠神やパブロが決定機を作るが決めきれずで、前半の終わりにはもう選手の誰彼が重たい表情をしていた。



フォルランに関してはもっと酷くて、福岡サポーターが作り出した空気にまんまと乗せられてしまった。ミスするたびに拍手喝采、苛立つのは分かるけれど、そこを冷静にやり過ごすのが国を背負った男の立ち居振る舞いのはずだ。とにかく、今日のフォルランはあまり擁護する要素が少ない。


後半になってカカウを入れ、右サイドの椋原健太を下げた。ボランチの位置にいた安藤淳を右サイドに回して、4-2-1-3に近いスタイルにしたように見えた。これは相手FW酒井宣福が高さのない椋原のいるサイドに流れて橋頭堡を作っていたのを封じる狙いがあったと理解している。ただ、この交代で椋原の運動量が無くなってしまい、セレッソの攻撃も停滞することになった。




長谷川アーリアジャスール、山口蛍、パブロの中盤は、それぞれに持ち味があるけれど、運動量という面では厳しいものがある。だからトップにいいボールが入らず、カカウやフォルランはムダなスプリントをしなくてはいけなくなった。


本来、運動量を増やしてチームを活性化するのは楠神順平、関口訓充、そして玉田圭司の役目だ。しかし誰か一人だけだとその効果が薄く、他の選手まで死んでしまう。


後半の半ばからは福岡が少しずつブロックを下げて、自陣深くに引きこもってからカウンターという策に徹していた。これは誰しもが考え付く逃げ切りの手段だ。そして、そんな平凡な策に対して何の対抗策もなく反撃できないのがセレッソの痛いところだ。

名古屋なら闘莉王を上げていたろう、山形は山岸まで上げた、中村俊輔のいる横浜FMならフリーキックを得るためにドリブルでつっかけていくだろう。そんな手立てが何一つないのだ。

放り込もうにも高さは無く、突っかかるドリブラー(楠神)はもうピッチを後にしていた。うまさのある玉田は、ついぞ呼ばれなかった。そうして、ただ時間だけを浪費した。山下達也を上げろとか、奇策に走れとまでは言わないが、考えも無く時計を進めてばかりなのは座して死を待つようなものだ。


選手は自分の能力の中でベストを尽くしたかも知れない、監督は考え付く限りの指示を飛ばしたのかも知れない。けれど、やはり結果が全てで、それが伴わない限りチームは変わっていかなくてはいけない。




高さというオプションは田代有三の復調を待つことになるが、運動量、連携に関してはある程度答えは出ている。それを、パブロ・アウトゥオリが受け入れるかどうかだ。

外国人トリオの連携と心中するのか、その形を崩してチームの活性化に舵を切るのか、そこを決めきらなければ磐田を捉えることも、その先の金沢に追いつき、追い越すこともままならない。この2日のインターバルでチームが良化するように。試合後も声をからしチームを鼓舞したサポーター達の願いは一致しているはずた。