6/06/2010

伝わるスピード。

時代劇はあまり観ない方なんだけど、一応「龍馬伝」は観ている。魅力あふれる坂本龍馬よりも、まっすぐすぎて自分も他人も傷つけてしまう武市半平太や、不遇を受け止め、反骨心一つでのし上がっていく岩崎弥太郎の人間臭さに共感する。

このドラマが他の時代劇よりもリアルだと感じる理由に、時間に対する感覚が比較的正確だから、というのがある。手紙が届くにも時間がかかり、旅をするにも時間がかかり(しかも目的地に着いた時には身なりはボロボロになっている)とにかく人や情報が行きかうスピードが遅い。しかしこれが当時の普通なのだ。


現代に戻って回りを見れば、ヒト、モノ、情報のスピードは劇的に早くなった。弥太郎が父を案じて数日かけて駆け抜けた東海道を、今はたった2時間半で移動することができる。

情報に至っては、どこにいようと、通信環境と端末さえあれば一瞬で伝えることができる。サンチアゴ・ベルナベウの試合を日本の片隅で観ながら、感想や興奮を世界中の人間と共有できる。今となっては当たり前だけれど、少し離れてみてみればとんでもないことだ。


便利になった。確かに便利にはなったのだけど、それはそれで不便なところもある。

手紙などを書く時は、とにかく思案をする。相手にキチンと気持ちが伝わるか、何度も読み返す。夜中に書いた手紙を朝読み返して赤面することもある。しかし郵便を使っていた頃なら、余程急いていない限りそういう恥ずかしい手紙を出すことは無い。結果誤解などは比較的生まれにくい。

ただこれがメールだとそうは行かない。一度送信してしまえば何をしても止められない。これはタチが悪い。Twitterに至ってはそういう類がフォローされている全員に見られてしまうのだ。もう恥ずかしくて泣き出しそうになる。自分の書き込みは消去できるが、誰かにリツィートされると終わり。ずっと残る上にリツィートされたアカウントのフォロワーにまで話が広がる。ここまで来ると地球を飛び出したくなる。


こうして生まれた誤解は、なかなか解けにくい。オフラインで会えるなら何とかなるかもしれないが、殆どの人とは顔を合わせることも無いのだから、一度切れた縁はほぼずっとそのままだ。せっかく一度繋がった仲だというのに、勿体無いと思う。書き込む前に一度冷静になれれば済む話ではあるけれど、それができない時もある。難しい。

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