今年は…いろんなアウェイに行った。その中でも愛媛は最高のアウェイであり、最悪のアウェイだった。
試合、という関係以上に敵対しているわけではない。むしろ、こんなにもてなしてくれていいのかと戸惑うくらい、穏やかな笑顔で接してくれる。みんながみんなそうなんだ。あんなに大量の、それも極上にうまいカツオのたたきを口にしたのは初めてだ。
けれど試合が始まる数分前に、愛媛FCサポーターが歌ったひとつの歌が、このチームの本当の強さ、その理由を教えてくれた。
「この街で」
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この街で生まれ この街で育ち
この街で出会いました あなたと この街で
俺たちの愛媛 俺たちの誇り
俺たちと共に歩もう 愛する この街で
相手を憎む想い以上に、勝ちたいという欲求以上に、彼らはチームを、わが街を、そこに住む全てを愛していた。そして、それを示そうと歌ったんだ。
この歌を聞いて、俺は涙が出るのを必死にこらえた。泣いてしまいそうな自分に、心打たれたことを示したら負けだと言い聞かせた。
敵が誰であれ、状況がどうであれ、愛するチームを支えることに変わりはない。それは、どんな敵よりも厄介で、恐ろしく、それでいて畏敬の念を示さずにはおられない、最悪のアウェイだ。
セレッソ自身も、今思うと低調だった。橋本英郎のワンボランチは、他の中盤、パブロや関口訓充、吉野峻光がもたらす守備負担をさばききれなかった。
そのリスクをも犯して組んだ4-1-3-2は、思っていたより機能しなかった。吉野を入れたことで山口蛍、扇原貴宏と同等の展開力を期待したのだろうが、成らなかった。
愛媛は、チームとしてやりたいこと、崩したいポイントが明確だった。写真を撮っていると分かる、愛媛の選手を撮る時はタテに早いので選手の周りにプレスがかかっておらず、周りに人がいない。セレッソだとモタモタとこねるので周囲にわらわらと人が集まって見苦しい構図になる。
愛媛の個の力が劣っていたから、スキルフルではなかったから、相手の決定機でもミスがあって失点はしなかった。ただ、ゴールへの予感はそこかしこにあって、それを止める必要があった。
関口の移籍初ゴールはそのいい機会になるはずだった。後半頭でも守備リスクを減らし、バランスを重視する用兵ができたはずだ。ところが、パウロ・アウトゥオリはいつも通り選手が完全に磨耗するまでピッチに立たせ続け、試合を「壊す」ことに失敗してしまった。
出すのであれば秋山大地。実際、同点に追いつかれる直前に、彼はコートを脱ぎ準備万端監督からの指示を聞いていた。愛媛MF内田健太のジネディーヌ・ジダンばりのミドルが突き刺さったのは、まさにその時間帯だった。
その後のカードの切り方には、混乱が見てとれる。田代有三のパートナー、プレースキッカーとして外すべきではない玉田圭司を下げ、本職が二列目の楠神順平を入れた。秋山大地もそのまま投入し、4-4-2のダブルボランチに。攻める形がどんなものなのかハッキリと見えなかった。
最後のカード、永井龍にしても、あまりメッセージを感じなかった。点がとりたいのは分かる。けれど、大切な「点をとる方法」が伝わってこない交代だった。
そのうちに連戦疲れのチームはより疲弊し、河原和寿に劇的な決勝点を献上してしまった。
恐らくどのサポーターも同じ想いでいると思うけれど、節目節目の試合、その次の試合に勝てない。
慢心?疲れ?多分原因はたくさんある。けれど、そこをうまくやりくりして常勝チームになったところだって、たくさんある。それがなぜセレッソに限ってできないか、ということ。
試合後、恐らく06の子たちが選手にキツい言葉を浴びせていた。バックスタンドの真ん中からでも聞こえた。あれを「悪態」と捉えるか、「発破」と捉えるかで、この1シーズン、そしてその後の数シーズンの流れが決まるように感じた。
なにくそと、熱い気持ちを持ってくれたなら、嬉しいのだけど。
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