Jリーグの日程が公表されると、およそのサポーターは「どの試合に行けるだろう、アウェイはどことどこには行きたいな」などと算段をする。この時点では俺の頭の中でアウェイの熊本戦はないかなと考えていた。日曜日の夜の試合で、戻るのはどうしたって月曜の朝になる、これはタフだという印象だった。
けれど、あの震災があって「募金をするのもいい事だが、地元で消費活動をすることも大事なんだ」という話を聞くにつけ、なんとか行けないものかと思案するようになった。そうして、気がつくと飛行機のチケットと宿を手配している自分がいた。
日曜の午前、熊本市内は時折スコールのような雨の降るあいにくの天気だった。繁華街である下通からはるかに熊本城が見えたが、その色味は砂にまみれてくすんでいた。城自体が、地震の大きさや凄惨さを伝える巨大なモニュメントのようだった。
7月3日15時15分、うまかな・よかなスタジアム、メインスタンド
うまかな・よかなスタジアムはこの市内中心部からバスで小一時間ほどにある。熊本空港と市内の中間にあり、あまり利便性の高い立地だとは言いがたい。それでも、シャトルバスの車窓からそこかしこに「ホーム」に戻ってきたおらがチームを迎えようとする熱いサポーターたちの姿を見る事ができた。この日を待ちわびていたんだ、そんな声が心に響くようだ。
幸いスタジアムは堅牢で、三ヶ月という短期間のうちに再開の目処が立った。まだ支援物資などの中継地という重要な役割を終えたわけではなかったが、約1万人を収容できるメインスタンドを解放できるまでにこぎ着けた。
そこに、熊本とセレッソ、両チームの9332人のサポーターが駆けつけた。日程やそれぞれの置かれた環境を考えれば驚異的な数字だ。ロアッソ熊本という存在はこれほどに県民に愛されているのだと感じ、またジーンと胸の中が熱くなる。
7月3日16時49分、うまかな・よかなスタジアム、スタジアムグルメ
小腹を満たすためにスタジアム外に出てスタジアムグルメを回る。ここも活況で、人気の屋台には長蛇の列ができていた。スタジアムグルメというと鹿島や岡山のファジフーズ、福岡などが有名だけど、熊本もなかなかのものだ。
からあげやお弁当といった定番から、いきなり団子や馬肉、阿蘇あか牛のような郷土色のあるもの、ベトナムのサンドイッチパイミー(パインミー)のような変わり種までいろいろあるし、そのどれもが平均以上にうまい。食事としてもお酒のアテとしてもいい。極論するなら、市内を移動して食事する時間がなければ、スタジアムに早めに行き、ガンガンとお金を使ったほうがおいしいものが得られるかもというほど。
胸スポンサーである白岳のブースもあり、米焼酎白岳の水割り、お湯割り、ロックが400円の破格値で売られている。大分では麦焼酎のいいちこ、長崎では洋風に洒落たワインが出るが、熊本もいいものだ。「水割りを濃い目で」とお願いすると「どうせ氷が溶けて水になりますから」とロックでなみなみと注いでくれた。熊本は女性も豪放磊落な気っ風が強い。
スタジアムグルメゾーンにはいくつかの報道陣がいて、行き交うサポーターに地元開催を喜ぶ声を集めていた。みな一様に明るく自然と笑顔がこぼれていた。
けれどその間にも水を指すような余震があった。少し戸惑うくらいの揺れだったが、熊本の人は焦らず怯えもしていなかった。売店の女性が「今のは震度三だって」と世間話のようにサラリとこぼしていたのに、この震災の怖さを感じた。
こうして「震度三程度の余震」と流してしまわないと、いい加減疲れてしまうのだ。阪神大震災の時に関西でも感じたことだけど、何度もしつこいくらい余震を味わわされると、人間は自然と感覚が麻痺するようになる。怯え、逃げ、耐えるにも限度があり、それを過ぎると達観してしまうようになる。熊本の人たちもそこまで来てしまったんだなと、ふと怖くなった。震災はまだリアルタイムで続いているのだ。市内でもそこかしこで募金箱が置かれ、馴染んでいるのを見た。これが非日常に戻った時、それが震災が終わる時になる。
7月3日17時03分、うまかな・よかなスタジアム
試合開始の時間が近づくと、選手がピッチに現れる、ここでは巻誠一郎がアイコンだ。復興のために尽力し、様々なアクションを行った英雄。サポーターが身にまとったレプリカも彼の背番号である36番が一番多い。試合が近づくにつれ、サポーターの熱量も尋常なものではなくなる。
普段はゴール裏に陣取るサポーターたちも、この日はメインスタンド中央にまで太鼓を持ち出した。皆で声を出し合おう、チームをもり立てていこうというメッセージだった。長居でこういう事をしても響かないだろうけれど(そういうチームカラーであるし、県民性みたいなものがあるから、どちらが正解というわけでもない)熊本の人たちは知らぬ者同士手を取り合い、ピッチにあらわれた選手に、コーチ陣に、スタッフに、熱く強い声を送り続けていた。
試合前にあった蒲島郁夫熊本県知事のあいさつも、定型句ではなく胸に刺さるものだった。熊本はこれから再び立ち上がる。ただ復興、元に戻すことを目標とせず、さらにいい土地となるよう発展することを目指そう。その声にスタンドも拍手で応えた。
7月3日19時59分、うまかな・よかなスタジアム
試合は1-5でセレッソが快勝した。その後両チームのサポーターがエール交換、また選手たちも互いに相手のサポーター席まで移動し、エールを送った。試合後に熊本サポーターの女の子とTwitterでやり取りをしていたが、リカルド・サントスは熊本サポーターのエールに手拍子をあわせ、最後までスタンドの様子を見ていたらしい。その人柄のよさにこみ上げるものがあったのだと話してくれた。
身近にいすぎるとその人の本当のよさが見えなくなる時がある、そんな時に「あの人のここがすばらしい」という言葉をもらうと驚きと気恥ずかしさを感じてしまう。自分には人を見る目がないのかなと、それが恥ずかしいのだ。
うまかな・よかなスタジアムのまわりは比較的多くの道路が整備されているが、それでも1万人の人をさばくには足りず、渋滞が起こる。やっと乗り込んだ熊本中心行きのシャトルバスでつい最近までオフィシャルのカメラマンをしていたという男性と居合わせることができた。
話をうかがうと、プロのカメラマンは大抵ひと試合1500枚程度は撮って、それを次の日の午前にはクライアントに納品するのだという。本当の達人になると700枚くらいまで枚数が減り、技術的にも構図にも秀でた写真を高確率で撮ってしまうものらしい。その時俺は2200枚も写真を撮っていたので、またとても恥ずかしく感じた。枚数が減れば一枚にかける時間も増えるし、その分精緻な写真を作ることができる、だから写真は少ないに越したことはないのだ。
他にも、ノエビアスタジアム神戸は照明が均一でなくて撮りにくいとか、レンズは16-35、24-70、70-200に400mm f2.8くらいだとか、他の人が聞いてもチンプンカンプンな話で盛り上がり、あっという間に市内まで戻ることができた。こういうサプライズは嬉しいし、ためになる。
次の日は……一気に九州から大阪まで戻ったのだけど、バカ話になるから割愛。高速バスからみた空がキレイだったから、それを載せて終いにしようと思う。それでは。
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