西中島は、生活を再編成しています。引越しの準備をしたりして、バタバタと。なのでそれが落ち着く次週には、何かお話ができると思います。
それまで、まあ与太話をしているので、お暇な時にご覧ください。
物事には「始め」と「終い」があります。人は生まれて死に、建物は作られて朽ち、情報は作られては消え、何もかもがいつかはなくなります。
それは悲しいことですが、喜ばしいことでもあります。人は後の世代に未来を託し、建物の朽ちた後には新しい町や自然が戻り、情報は様々に形を変化させて、よりよいものが後世にまで残ります。「始めと終い」と考えるから悲しいので、「終いの後にまた始めがある」のだと考えると、また違った物の見方ができるはずです。
月曜の試合の後、俺は自転車で阿倍野の下町を走りました。ここは子供のころ住んでいたところで、下町で温かく、住みやすい場所だと記憶していました。そこに10年ぶりくらいに戻ってみたのですが、ひどく寂しい思いをしました。
両親や祖父、祖母が住んでいた商店街は活気なく、閉まっている店が多くありました。休日だからというのもあるでしょうが、明らかに放置されている生気のない店もあり、子供の頃に感じた穏やかな賑わいはどこにもありませんでした。
長く続く商店街の「終い」の先に、この夏に「始め」を迎えるあべのハルカスが見えました。この商店街のわずかに残っていた活気を、あの巨大な建築物が吸い取ってしまったようにも見え、センチメンタルな気持ちになりました。
でも、だからこそ、今ここにあるもの、そこにいる人との絆を大事にしていきたい。俺みたいな小さな存在に笑いかけてくれる人たちとの縁とかね。
いだくん今後ともよろしくね。
リーダーもよろしくね。
たねさんもたけちゅんさんも新婚さんのもりっしーさんも、あやねーさんもうさこさんもコナンくんも、ああもう書ききれないや。とにかく支えてくれるみんなにありがとう。
大事な人に、感謝のコトバ。今という時間を共有してくれてありがとう。
あの辺りの下町は好きですよ。
返信削除昭和の名残のレトロ感が。
天王寺の陸橋も今は名だたるアーティストがそこからメジャーに成りましたしね。
「コブクロ」さん「平井賢」さん等がストリートからメジャーに成られましたね。
今のキューズモール辺りにセレッソのエンブレムのフラッグを観てジュニアが練習して居たのを思い出しますよ。
昭和はグレーゾーンの幅が広かったですけど今は狭くなったのか?
ギスギスした世の中に成りましたね。
体調管理にお気を付けて下さいね。
チケット寄付は先日の長居スタジアムで合った女の子にも効かれましたよ。
じわじわと輪が広まって来て来ましたね。
ぞの時は一声お願いいたします。