それで改めて、西中島流の写真のとり方を、自分の忘備録としても残していきたいと思う。
写真はとても簡単である。本当に簡単だ。自分が撮りたいともうものと、自分自身の間にカメラを置き、ファインダーを覗くなりしてシャッターを押せばいいのだ。
その時、RAWで撮っておけば、多少の間違いは後で補正が効く。デジタル一眼ならフィルムカメラよりも格段に失敗は少ない。
問題はむしろ、何を撮りたいと感じ、それをどう表現したいか、ということだ。サッカーでは以前に「そろそろセレッソのスタッフさんはジャニーズショップとかアニメイトとか行ったほうがいいかもしれないなーと写真を見ながら考えた。 #cerezo #photo 」という記事を書いたけれども、表現したいモノゴトの切り取り方こそ重要なのだ。
俺がサッカーを撮る時に心がけているのは、「形」が大事だということ。ゴールが決まったシュートの瞬間とか、そういうものは実はあまり重きを置いていない。
それよりも、舞台でいう「キメ」であったり、歌舞伎の「見得」であったり、それに通じる躍動的なポーズになっているかがとても大事だと思っている。
いつぞや、大事な人に話をしたけれども、扇原貴宏の少し女性的な、ダランと手を振る仕草だったり、柿谷曜一朗の美しいスタイルのドリブルであったり、丸橋祐介がクロスを上げる時の右腕がクロールをするように一回転する様を、キチンと収めるのだ。
これは、多くの女性が撮るスタイルとは間逆なのだけれど、自分のセンスまで曲げて撮り方を変えられないので、これからもそのように撮っていくと思う。多分、俺は選手を撮るのではなく、サッカーを撮っているのだろう。だから、こういう差異が産まれるのだろうな。
最近は、山下達也のギリシア彫刻のような長い四肢が躍動する様がお気に入りだ。
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