床屋の前にある赤白青の螺旋模様のスタンドは、動脈、包帯、静脈を表しているらしい。昔医療も行っていた名残りなのだそうだ。
テレビ画面に映る、膨大な赤と僅かな青。そうだ、ここは赤い軍団の本拠地、さいたまスタジアムなのだ。
サポーターが叫ぶ、飛ぶ。太鼓の音が、胸の鼓動とシンクロする。さながら地上に現れた巨大な心臓。その心臓が、脈打つように揺れている。
試合の様相も、さながら血流の如く。レッズが第一戦のビハインドを追うべく、攻める、攻める。ドリブルで、セットプレーで、マリノスゴールに襲い掛かる。表面上は一方的なレッズペース。前回不調だった田中をベンチに入れ、平川を右サイドハーフにした「カンフル剤」が、赤い心臓を突き動かす。
しかし、その「動脈流」の下に隠れて、青い「静脈流」が、したたかにゴールに忍び寄る。奥、清水、坂田が、少ないタッチでスピード良くカウンターを仕掛ける。出場停止空けのネネが入った事でベストメンバーを組んだはずのレッズディフェンス、その両サイドにスペースを見つけ、着実に前進。
そして守備では前節と同じく松田、中澤、河合の3バックと、上野、中西のダブルボランチが高いラインでエメルソンを封じる。ベストコンディションではなくともエメルソン。やはり脅威なのだ。
河合はプレーが途切れると、自分にカツを入れるように髪を両手で何度もかきむしる。第一戦の決勝点を叩き込んだ男、気分が悪いはずが無い。
さらに試合のちょっとしたシーンで、マリノスは試合巧者ぶりを見せ付ける。サイドラインで、競り合いで、ゴールキックで、僅かずつでも時間を稼ぐ。試合が始まった時から、もう残り5分のような様相。
前半ボールポゼッションは圧倒的にレッズ。しかし、プラン通りに終えたのはマリノス。135分間を終えて、まだマリノスの牙城は崩れない。
後半開始、だが、まだブッフバルトは動かない。少しずつ、選手間のスペースが開いていく。タイミングを計る。時計の針との我慢勝負。田中のウォームアップはとっくに終わっているが、まだ耐える。
後半18分、ようやく動く。平川OUT、田中IN。田中は解き放たれた天馬が如く、ピッチに駆け込んでいく。「本当の俺を見せてやる」背番号11を背負ったエースが、6万の細胞を激しく刺激する。
効果は、31分に現れた。レッズ陣内からこぼれたボールは、ハーフライン上にいる田中の足元にこぼれる。前には、僚友エメルソン。相手DFは2枚。そして、広大なスペース。「エメタツ」の力を見せるには、これ以上無い舞台。
トップスピードに乗った二人に、マリノスディフェンスは僅かな綻びを見せる。ボールを持ったエメルソンを、中西がファウルでしか止められない。主審上川が示したカードは、赤。守備で貢献していたベテランは、ここでピッチを去った。
このファウルでもらったフリーキック、蹴るのは三都主。清水エスパルスの一員として戦った99年のチャンピオンシップ。まだ若かった彼は自制が効かず、退場を宣告された。エスパルスが敗れた時、もっとも責任を感じていただろう。
今度は、そうはいかない。
渾身の左足から放たれたボールは美しい回転で壁の左端を巻き、キーパーの鼻先をかすめ、ゴールへ。
同点!
さいたまスタジアムは素晴らしい建築物だ。あの振動に耐えたのだから。レッズサポーターの躍動がスタンドを容赦なく叩きつける。鼓膜をつんざく様な歓声。
10対11、絶対的ホーム。流れは完全にレッズに傾く。自慢の攻撃陣だけに留まらず。アルパイ、ネネまで攻撃参加。ネネのロングレンジのシュートは、榎本のファンブルを誘う。
しかし、レッズの攻撃は、実らない。マリノスディフェンスは、すんでの所で踏ん張り、前線の坂田までが積極的なチェイシングで守備に参加。マリノスとて、勝負をあきらめてはいない。まだ同点になっただけなのだから。このまま引き下がるわけにはいかない。
終了間際のコーナーキック。闘莉王のヘディングが榎本の真正面になるという幸運は、それまでの奮闘を見た勝利の女神の気まぐれか。
後半終了。両雄相譲らず、勝負は5年ぶりニ度目の延長戦へ。
マリノスは10人になってなお、冷静。ディフェンスラインは浅く、コンタクトは激しく。カウンターは速やかに。後半投入された山崎が、隙あらばの姿勢を崩さず、圧倒的劣勢をくつがえさんと奔走する。
レッズもまたレッズ。圧倒的にゲームを支配し、タテ、タテ、タテ。ドリブル、ドリブル、ドリブル…。消耗戦はレッズの大好物のスペースをそこかしこに産み落とす。三都主、田中、永井が、技を見せ付けるように舞う。しかし、フィニッシュに繋がらない。
延長後半になって、勝負を急ぐレッズに焦りがつのりだす。誰もがナビスコカップ決勝を思い出しただろう。二の轍を踏むわけにはいかない。そしてその焦りは、若きエースに過ちを犯させてしまう。
エメルソンがボールを競り合う中で、相手DFをストンピング。歓声をかき消すホイッスル。そして、差し出されたカードはレッド。マルシオ・エメルソン・バッソスのチャンピオンシップは、残り一分を残して、終わった。
マリノスは延長を逃げ切った時点で、精神的優位に立った。10人で戦った46分間、同点に追いつかれこそすれ、勝ち越し点は許さなかった。PK戦なら、人数は関係ない。ホーム側ゴールでのPKを指示されても、臆する事は無かった。
レッズ最初のキッカーは、闘莉王。恐らく志願したのだろう。極限に身を置く事で、自身を輝かせていた若きディフェンスリーダーにとって、絶好の舞台。しかし、ここで気の迷い。コースを狙った丁寧なキックは、威力を欠く。榎本はこれを完璧にブロック。PK失敗。重苦しい空気が、スタジアムを包む。
「悲劇」はさらに沈黙を呼ぶ。獅子奮迅の活躍で守備と攻撃のリンクマン役をこなしていた若きコンダクター、長谷部のキックは、またしても榎本にはじかれる。
最後のキッカーとなったドゥトラは、レッズサポーターの微かな願いを、あざ笑うかのような軽いキックで打ち砕いてみせた。僅かに陣取っていたマリノスサポーターの歓声。闘いが、ようやく終わりを告げたのだ。赤い心臓は、その鼓動を止めた。
思い返せば、終始マリノスのプランの中で進んだチャンピオンシップだった。退場者こそ出したが、それが誤差の範囲内であるかのように、終始冷静だった。素直に拍手を送りたい。
レッズは問題点こそ浮かんだが、一年でここまでチームのクオリティを引き上げたブッフバルト、エンゲルス両者は評価されてしかるべきだろう。このチームは若い。殆どの選手に、今日の汚名を返上するチャンスがある。
他チームのサポーターである私でさえ、十分に堪能した二試合だった。ラストとなるチャンピオンシップとして、これ以上ふさわしいゲームは無かっただろう。
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