「We」とは代表選手、スタッフ全員の事でもあるし、スパチャラサイナショナルスタジアムの外から、また日本の各地から声援を送り続けたサポーター達の事でもあるし、日本国民全員の事でもある。「我々」はついに、ワールドカップ本戦へのチケットを、しかも世界で一番早く手に入れた。
精神安定剤とギネスビールで意識が朦朧としていたのであやふやな部分も有るが、何とか試合を振り返ってみたい。やはり試合前からアドバンテージを持っていたのは大きかったし、それを最大限に生かした試合運びだった。
スタメンは下図の通り、稲本は攻撃の時はそのまま前にスライドし、小笠原と並んでゲームメイクする事が多かった。また中田浩二は中澤とのタテの関係を気にしながらのプレーが目立った。
立ち上がりの両チームは極めてスローテンポだった。日本は稲本、小笠原の動きが悪く。鈴木はボールをうまくキープ出来ない。北朝鮮もスタミナを懸念してか自陣にボールが入るまでは積極的なチェイシングは無し。両チームともリスクを極力避けるようにしていた。いつもなら勝負というシチュエーションでもバックパスを選択する事が多く、純粋にこの前半を評価するなら「凡戦」だった。
北朝鮮はその中から、攻撃の糸口を怪我をおして先発した中澤のサイドに求めた。前半30分頃にはこのサイドからのクロスをホン・ヨンジョにフリーで合わせられる。幸い枠外だったがこれが決まっていたら試合は違った流れになっていただろう。それを決めきれないところが4連敗しているチームといえばそれまでなのだけれど。
対する日本は柳沢の動きが良く、豊富な運動量で相手のスペースに進出、脅威となり続けた。この柳沢のプレーが後半の日本の攻撃にヒントを与える。前半は0-0。スコアはプラン通りだったが、内容は不安定だった。特にリスクを恐れるあまり攻撃に切れが無い。
後半開始からジーコは大黒を投入する。柳沢と同じく運動量を持ち味にする大黒を入れる事で北朝鮮DFにプレッシャーをかける。この交代が試合のターニングポイントになった。
35℃を超える高温。70%近い湿度。そしてラフなピッチが選手からスタミナを奪う。間延びする両チーム。ミスの目立つ試合展開に気を揉んだが、柳沢、大黒がかき回している分だけ北朝鮮DFの方がタイトな状況に置かれていた。少しずつ日本のボールポゼッションが上がっていく。
そして後半34分、ついに北朝鮮守備陣が破綻を起こす。北朝鮮ゴール前のロングボールを大黒と北朝鮮DF二枚が競り合う。ボールはゴール前にぽっかり明いたスペースにこぼれた。北朝鮮選手の足は止まっていたが、柳沢はそのボールに反応した。スライディングしながらの難しいシュートだったが、冷静にかぷせたボールがゴールネットを揺さぶる。辛い時間帯を凌いでの先制点。
北朝鮮はいよいよ攻めるしかない。ホン・ヨンジョ、イ・ハンジェを起点にキム・ヨンス、キム・ヨンジュン、パク・ナムチョルが駆け上がる。だが守備に重点を置いた布陣の日本を切り崩せず、キム・ヨンジュンのミドル以外に決定機を作れない。
ワールドカップへ後一歩となった後半40分にはフレッシュなボランチ遠藤を投入し3-4-2-1へとシフトチェンジ。磐石の構えでタイムアップの笛を待つ。
そんな状況の中、北朝鮮にトドメを刺したのは大黒。ロスタイムに田中誠が高い位置で奪ったボールを、ラインの裏へ走りこんだ大黒へ託す。大黒はキーパーをワンフェイクでいなすと、無人のゴールに予選突破を決定付ける得点を叩き込んだ。2-0。
対する北朝鮮は打開策が見つからず、溜まったフラストレーションがラフプレーを呼ぶ。田中ともみ合ったキム・ヨンスが故意に報復のキック、レッドカードを受けた。激昂するキム・ヨンスを押さえていたイ・ハンジェの顔に生気は無かった。
学生だった頃、テレビの前で立ち尽くしたアメリカW杯予選。就職活動をしながら胃の痛くなるような思いで試合を観ていたフランスW杯予選を知る者にとっては、今回のような展開は楽に感じた。もちろん結果論なのだけれども。
97年の国立での韓国戦、ドローに終わり自力2位が消滅したUAE戦の試合後などはまるで地球最後の日のような状態だった。
そんなタイトな状況に陥る事無く予選を突破出来たのは、ジーコの強運によるものなのか、それとも日本サッカーが進歩した証なのか。ワールドカップ本戦で、それははっきりするだろう。
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