私の祖父が亡くなった。1919年、ベルサイユ条約締結の年に生まれた祖父、84歳というのは立派な大往生なんだろう。
だけど私はまだ何か実感がわかないでいる。死に顔を見ていないからかもしれないけれど、心のどこかで、祖父が死ぬはずが無いという気持ちが有るから。
まだ痴呆もなく元気だったころ(それでも70代だったのだけれど)馬券を買って帰ってきた祖父が、夕食の時に突然
「そういえば今日トラックにはねられてなぁ」
と言い出した。でも祖父の体には傷一つ無い。本人曰く
「柔道の受身をしたから大丈夫だった」
とのことだったが、よくほらをふく人だったので今回もそうなんだろうと家族みんなが思っていた。しかしそれから暫くして、トラックの運チャンが蒼い顔をして示談をもちかけにやって来た。本当にはねられたらしい事が判ると、私は「この人はきっと死なない人なのだ」と思うようになった。
祖父はじつにいろいろな体験を教えてくれた。戦争の時にグラマンに追い掛け回されたとか、女スパイがいたとか、現地の人に焼き討ちをくらったとか。戦後アフリカに行った時にアスワン・ハイダムの溜池に小便をたれたこととかを
「エジプト人はみんなワシの小便を飲んでるんや」
などと、何故か得意げに話をしていた。そんな子供っぽい祖父が、私は大好きだった。
でもとても愛していた祖母が亡くなると、少しずつ痴呆と老化が始まった。人を愛し、愛される事が生甲斐だった祖父にとって、最愛の人を亡くした悲しみは耐えられないものだったのだろう。それを忘れたいが為に、痴呆になったような気もしている。
しかしこれで、祖父はまた祖母に会うことが出来る。亡くなったことは寂しいけれど、祖父にとっては幸いな事なのかも知れない。だから最後も、笑って見送ろうと思う。いってらっしゃい。向こうでも元気で。
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